2015年12月30日水曜日

News:インフルエンザウィルスがナルコレプシーの原因の一つか

今日のMED News。

ナルコレプシーについてのまとめとニュース紹介です。

ナルコレプシー(独Narkolepsie、英narcolepsy)とは、脳疾患による睡眠障害の一種で、時や場所、状況を選ばずに起こる強い眠気の発作を主な症状とするものです。
名称を直訳すると、「Narco=眠り」「Lepsie=発作」で、「眠り発作」となります。そのまんまですね。
決して珍しい病気ではなく、日本においては約600人に一人が羅患している と言われています。しかし、民間への浸透度はそこまでではないようです。最近になってやっと知名度が上がってきた印象がありますね。
それでもまだまだ専門医が少ないため、正しい診断・治療が受けにくいことや、まわりの人間からの理解が得られないなど、罹患者には精神的にも大きな負担がかかっているのが現状のようです。

ちょっ と脇道にそれた自分の趣味の話になってしまいますが、じんさんという方の楽曲シリーズとそのメディアミックスが展開されている「カゲロウプロジェクト」の 登場人物に、榎本貴音ちゃんという子がいまして、この子の持病ってこの病気なんじゃないか、という考察が出ていました。実は、自分がこの病気を知り、興味 を持ったきっかけがこれなのです。いやはや、フィクションから学べることって多いんですよ!(力説) 新しいことを覚える意欲が平均と比べて異常に高いで すからね。うんうん。


症状
この病気の主な症状は4つあります(4大症状)。

①睡眠発作
日中の過度な眠気に加え、突然前触れもなく意識を失い眠ってしまうという症状です。 これは会話中だったり食事中だったり、はたまた車の運転中だったりと、時と場合を選ばずに筋肉の力が抜けて眠り込んでしまうという、場合によっては自分の身、ひいては他人をも危険にさらすことになる厄介なものです。

②情動脱力発作=カタプレキシー(独Kataplexie英kataplexy)
笑ったり、喜んだり、怒ったりして、感情が昂ぶると抗重力筋が脱力するという症状です。全身にわたり、倒れてしまう発作のほか、膝の力が抜けてしまう、呂律がまわらなくなる、などの部分発作もあります。

③入眠時幻覚
睡眠発作のせいで睡眠に陥った際や、夜間に自ら眠ろうとした時、現実感の強い幻覚を見ることがあります。これにより、入眠時に幽霊を見たなどという心霊現象を訴えることがあります。
原理としては、入眠直後にレム睡眠状態になるために、リアリティの高い夢を見ている状態になっている、ということが考えられています。

下記のとおり、本来レム睡眠は入眠後すぐには現れませんつまり、それが起こるのは脳に何らかの異常が発生しているということです。
レム睡眠とノンレム睡眠について、詳しいことは下部にまとめてあります。
 
④睡眠麻痺
いわゆる「金縛り」の症状です。開眼し意識はあるものの、随意筋を動かすことができない状態。

これらの4大症状に加えて、下の3つはレム睡眠と密接に関連しており、レム睡眠関連症状と呼ばれることがあります。
i)自動症
眠った感覚がないにもかかわらず、直前に行った行為の記憶がない状態。逆に言えば無意識に寝てしまい、寝ながら行為を続けている状態。起きた後、何をしていたのか聞かれても全く覚えていないという回答が返ってきます。
 
ii), iii)中途覚醒、熟睡困難
夜間就寝中に頻回に目が覚めたり、幻覚や睡眠麻痺があること。
睡眠構築の乱れもあるため、熟睡が困難となり、「強い眠気があり、発作的に眠りに落ちてしまうにもかかわらず、睡眠による十分な休息を取ることができない」という状態になってしまします。 
※てんかん、びっくり病などとの鑑別が重要です。
レ ム睡眠が発見された1953年から数年後、ナルコレプシーでは入眠時レム睡眠期 (sleep onset REM-period, SOREMP) が出現することが1960年に発見され、続いてSOREMPが入眠時幻覚や睡眠麻痺に影響を与えていることが発見されました。脳の睡眠リズムの崩壊とナル コレプシーの関係性がはっきり証明されたのですね。


原因
さて、ナルコレプシーの原因についてこれまで特定されているものには、オレキシンの欠乏があります。

オレキシンOrexinとは、視床下部(Hypothalamus)の後部から分泌される神経伝達物質のひとつで、食欲と眠気のコントロールに関わっています。
1998年に発見されたこの神経ペプチドは、「食欲」を意味する「orexis」から名付けられました。 別名ヒポクレチン (hypocretin) とも呼ばれます。

オレキシンにはAとBの二種類あることが判明しています。どちらも同じ一つの前駆体を切り取って作られるものです。
わずか約10,000–20,000の神経細胞から生成されるオレキシンですが、これに対する受容体は脳と脊椎両方、つまり中枢神経全体に散らばっており、高い効果を持つと考えられます。その例を以下に挙げると、

・オレキシンは褐色脂肪細胞の分化を活性化させ、カロリー消費量・エネルギー使用量を上げる。逆に、オレキシンが欠乏していると、エネルギーが消費されにくいため肥満になりやすい。ナルコレプシー患者に肥満が多いのはこれが原因だと言われている。

・オレキシンは覚醒を促す。オレキシンは、覚醒・睡眠状態をコントロールし、それらの状態を安定させるのに重要な脳核(神経伝達物質としてはドーパミン、ノルアドレナリン、ヒスタミン、アセチルコリンなどのシステム)に大きな影響を与えると考えられている。
特に、オレキシンAは覚醒状態を強く促し、体温上昇、運動、エネルギー代謝を促進する。

・また、オレキシンはエネルギー消費と同時に、食事をしてエネルギー補給することも促進する。
さて、どのようにしてこの効果をもたらすかを理解するには、新しいホルモンを二つ覚えないといけません。

体内の脂肪細胞から生成されるレプチンLeptinというペプチドホルモンは、比較的長期の満腹感をもたらすホルモンです。これにより、体内のエネルギーバランスに調整に一役買っています。
その反対の役割、つまり空腹感をもたらすのは、グレリンGhrelin (Growth hormon release inducing)というペプチドホルモンで、こちらは主に胃の上皮細胞から生成されます。グレリンは「もうすぐ食事をとれる」と脳が認識した時、食事の直前に大量に生成される短期のホルモンです。

この二つのホルモンは、それぞれオレキシンを生成する神経細胞に作用します。
レプチン受容体カスケードを通して、レプチンはオレキシンの生成を抑えることが分かりました。
そして、グレリンはその逆、オレキシンの生成を促進するということが分かったのです。
また、血中グルコース濃度も、オレキシン生成に影響があるということが判明しました。高濃度だと抑制、低濃度だと促進です。それぞれのホルモンの働きと一致しますね。

さて、オレキシンの発見は、これまで予測されていた睡眠と代謝のリンクを明確にしてくれるものでした。 マウスの実験から、長期的な睡眠障害で寝不足に陥った個体では、食事量とエネルギー代謝が飛躍的に増加することが分かっていました。長期的な不眠は慢性的なエネルギー不足を招き、さらに長期に渡れば死に至る状態です。
実際の患者でも、慢性不眠の患者はこのエネルギー不足を補うために高カロリー、高脂質・高糖度の食事をとり続け、結果健康を損ない体重ばかりが増えるという現象が見られていました。

このようなリンクがはっきりとしてきた今、睡眠障害と不健康のつながりがよりくっきりと見えますね。

・さらに、オレキシンは警戒態勢を促します。それも、アンフェタミンと同じようなこの効果を、より少ない副作用でもたらすことができることが分かっています。また、ナルコレプシーとはある意味逆の睡眠障害である不眠症の場合は、オレキシン受容体を阻害すれば、患者はより早く、長く眠りに落ちることができる、ということが実験を通して分かりました。
このことから、ナルコレプシーではオレキシンの欠乏と、それによる受容体への刺激の過少が日中の強い眠気を引き起こしていること、そして気づかないうちに眠りに落ちてしまう原因であることが見えてきます。主な症状の一つである眠り発作に限っていうなれば、オレキシンの効果が弱いために、過剰に眠剤を服用しているような状態になっているのでしょう。実際は眠剤にもいろいろありますし、効果も全く別物のため、一口には言えないのですが。

これは余談ですが、オレキシン受容体の阻害は依存症の治療になる可能性が わかってきています。オレキシン阻害剤を与えられたアルコール依存症のマウスは、アルコールに興味を示さなくなるという結果が出ています。 似たような結果が、ニコチン依存症のマウスでも出されました。オレキシン濃度が低いと、依存対象物に対する欲求が減るということでしょうか。(次の点と合 わせて考えると、これはもしかしたら軽いうつ病のような状態で、依存対象物だけでなくすべてのものに対する興味が失われている状態なのではないかとも考え られますが…)

オレキシンは高濃度だと気分を高揚させ、楽しい・幸せな気分をもたらし、低濃度だと悲しみなどをもたらす物質である可能性が出てきました。これは将来うまくいけばうつ病などの治療にも使えるかもしれない、と考えられています。

さて、これまでの研究により、オレキシン遺伝子を破壊したマウスにはナルコレプシー症状が現れることが明らかになっています。また、任意のヒトのナルコレプシー患者においても視床下部のオレキシンを作る神経細胞が消滅していることが明らかにされています。さらに、オレキシン神経細胞を破壊し人為的にナルコレプシーを引き起こしたマウスに、オレキシン遺伝子を導入したり、脳内にオレキシンを投与することで、ナルコレプシー症状が改善されることも明らかにされました。
このように、オレキシンの欠乏とナルコレプシー症状の密接な関係がわかっています。

他に、ナルコレプシーの病因として関連性が注目されているものには、HLAがあります。
HLA (Human Leukocyte Antigen)、日本語でヒト白血球型抗原とは、ヒトにおける主要組織適合遺伝子複合体MHC (Major Histocompatibility Complex)のことです。これは、免疫反応に必要な多くのタンパク質の遺伝子情報を含む大きな遺伝子領域で、その産物は自己と非自己を認識し、非自己に対して免疫反応を起こすために重要なものです。
まあ、簡単に言えば白血球のまたは「血液型」みたいなものですかね。
実 際には白血球のみならず、核を持つ細胞全てにあるものなので、どちらかというとを含む体全体の細胞に共通する「認識コード」でしょうか。「この細胞は自分 の細胞だよ、外から来たバクテリアやウィルスじゃないよ!」と周りに認識させるための印になる分子の元です。逆に、この個体特有のMHCがないと、非自己 だと認識され免疫機構の攻撃の標的となります。

ちなみに、HLAはヒトにおけるMHCだと書きましたが、例えばマウスのMHCはH-2 (histocompatibility-2) 、ニワトリではB遺伝子座 (B locus) と呼ばれます。

さて、このHLAの型には膨大な種類があり、 組み合わせの数は実に数万通りと言われています。MHCやHLAについては別の記事を書きますが、この大量なる種類のHLAの中で、ナルコレプシー患者は、ほぼ全例でHLA-DR2というハプロタイプ(個体特有の型を作る二つでセットのペアの一方)が陽性であるという調査結果が1983年に発表されています。また、日本人のナルコレプシー患者の間では、ほぼ全例においてHLA-DQ1というハプロタイプも陽性であるという調査結果があります。
但し、日本国外、とくに黒人においてはDR2陰性の患者も多く存在するそうで、一概のことは言えません。ただ分かるのは、これらのことから、ナルコレプシーが自己免疫疾患である可能性が示唆されるということです。自己の神経細胞が間違って非自己だと認識されて攻撃されることにより、オレキシンを生成する細胞やその受容体が破壊され、症状が出るという仮説です。これについても近年盛んに研究と議論が進められており、この仮説が有力となってきています。



診断
ナルコレプシーの診断は、上記の四大症状に加え、確実な診断材料としていくつか検査を行います。

1. 終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG:Polysomnography)
睡眠ラボで一晩を過ごしてもらい、睡眠中の脳波の動きを記録するものです。これをアナライズすることにより、脳波の種類や量、レム睡眠やノンレム睡眠の期間などの情報を得ることができます。
特にナルコレプシーでは、入眠時にレム睡眠が現れるかどうか、そして睡眠中にレム睡眠がどのくらいの回数出現するのかを知ることが重要です。レム睡眠が睡眠直後に現れるようであれば要注意。

2. 反復睡眠潜時検査(MSLT:Multiple Sleep Latency Test)
この検査は日中の眠気の強さを測定するものです。朝から夕方にかけて暗い部屋のベッドで過ごし、眠りに入ったことを示す脳波が現れるまでの時間を測定します。2時間くらい間隔をとりながら、4~5回繰り返し測定が行われます。
また、脳波のほかに眼球運動や筋電図も調べます。これによって、眠りについたときにレム睡眠が出現するかどうかも分かります。ナルコレプシーの場合、4~5回の測定のうち2回以上レム睡眠が現れるのが一般的です。

3. 髄液検査 (Liquor)
オレキシン濃度を測定するため、脊椎に針を刺して髄液を採取します。一度採取現場に立ち会ったことがありますが、ものすごく痛そうでした。


治療
ナルコレプシーの治療については、睡眠障害に詳しい精神科や、睡眠障害専門の医療機関を受診するようにしますが、今のところ、根本的に治療する方法はありません。そのため、ナルコレプシーの治療は、眠気による社会生活の不利益(仕事、学業等の能率の低下、運転等の危険性)を最低限にとどめることを目的として行われます
具体的には、生活のコントロール薬物療法があります。
 
薬物療法が必要な場合でも、生活が乱れると薬の効果が減少しますので、規則正しい生活を心がけるようにします。その上で、症状に合わせて次のような薬が処方されます。

・日中の睡眠発作をおさえる薬
日中に起こる睡眠発作をおさえるために、中枢神経刺激薬が処方されます。比較的依存性が低く、朝1回の服用で効果が長時間続くモダフィニルModafinil(モディオダール)が治療の第1選択となっています。ヒスタミン系を介した大脳皮質の賦活化やGABA遊離抑制作用により、覚醒を促します。
その他にも、メチルフェニデートMethylphenidate, MPH(リタリン)ペモリンPemoline(ベタナミン)というドーパミン系の中枢神経活性薬がありますが、様々な副作用があり、依存や乱用が問題視されているため、処方されるのはモダフィニルでも改善しない重症なケースに限られます。

・情動脱力発作意、入睡時幻覚、睡眠麻痺をおさえる薬
情動脱力発作意、入睡時幻覚、睡眠麻痺といった症状を抑制する目的で、抗うつ薬が処方されます。少量の三環系抗うつ薬(Tricyclic Antidepressants, TCA)、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRIなどがあります。

・夜の熟睡をうながす薬
ナルコレプシーでは、夜の睡眠が安定せず、途中で何度も目覚めてしまい、日中の睡眠発作を悪化させているケースが多く見られます。途中で目覚めるのを防ぎ、熟睡をうながすために、ベンゾジアミゼピン系の睡眠薬などが使われます。

いずれも、医師との相談のもと、症状によって薬を飲む時間帯や量を細かく調整する必要があります。

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さ て、ナルコレプシーについてのお勉強が終わったところで、今回紹介するのはこちらの記事です。オレキシンとナルコレプシーの関係性はすでにお話ししました が、そもそもなぜオレキシン生成細胞が破壊されてしまうのかはまだ完全に明らかにされていません。この研究は、病気の原因の大元のところに光を当てたもの となります。

「インフルエンザウイルスがナルコレプシーの原因である可能性が判明」
 APAによる12月16日付の記事では、以下のように書かれています。

2009年から2010年、A型(H1N1)鳥インフルエンザが猛威を振るった後、中華人民共和国やスカンジナヴィア諸国で、普段より多くのナルコレプシー症例が報告されました。 初めはインフルエンザに対する予防接種が原因かと予測されましたが、詳しい調査の結果、インフルエンザウイルス自体がナルコレプシーの原因である可能性が強まっています。
オーストリア・ウィーン大学とスウェーデン・ストックホルムのカロリンスカ研究所の共同研究によると、人工的にA型(H1N1)鳥インフルエンザに罹ったマウスでは、免疫機構に関する遺伝子が変異し、ウィルスに対抗するのに欠かせないT細胞やB細胞が作られなくなってしまったそうです。その結果、ウィルスが脳まで到達し、オレキシンを生成する神経細胞などに感染したことが確認されました。このマウスは睡眠と覚醒のリズムに障害を示し、ナルコレプシーの症状を発しました。オレキシンの欠乏とナルコレプシーの原因がこれで証明された、ということです。

視 床下部の細胞以外には、ウィルスによって嗅覚を鼻粘膜から脳に伝える嗅球が破壊されていたこともわかったそうです。この二つは構造的には近いといえば近い ですから、納得はいきます。あとはその周りの構造はどのくらい影響を受けているのか、ですね。嗅覚も同じように問題が出ていたかは明言されていないので、 知りたいところです。

少々実験結果の提示が曖昧な研究で、結果に関する情報も少ないので、これからのさらなる研究に期待したいですね。
どちらにせよ、オレキシンとナルコレプシーの関連性は明らかなようです。

http://www.design-bsb.de/wp-content/uploads/2011/05/13-bild02.jpg
大脳基底の構造とその部位の名称。最下部のOlfactory bulbが嗅球、その上のHypothalamusが視床下部。
画像はhttp://www.design-bsb.de/wp-content/uploads/2011/05/13-bild02.jpgより

 
元記事:
Influenzaerreger könnten für Narkolepsie verantwortlich sein
APA Dez 16, 2015 
http://www.univadis.de/medical-news/173/Influenzaerreger-koennten-fuer-Narkolepsie-verantwortlich-sein?utm_source=newsletter+email&utm_medium=email&utm_campaign=medical+updates+-+daily&utm_content=529101&utm_term=automated_daily
 参考: 
・ナルコレプシー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC
・ナルコレプシーを診断するために必要な検査とは?
http://suimin-shougai.net/%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%AE%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%81%A8%E6%A4%9C%E6%9F%BB/・ナルコレプシーってよくなるの?治療法は?
http://www.ishamachi.com/?p=8361


 レム睡眠とノンレム睡眠について Wikipedia先生より引用

レム睡眠(英Rapid eye movement sleep, REM sleep)は、急速眼球運動(英Rapid Eye Movement, REM)を伴う睡眠である。REM睡眠とも表記される。この急速な眼球の左右運動を伴わない睡眠はノンレム睡眠(英Non-REM sleep)と呼ぶ。

レム睡眠は、鳥類と哺乳類にしかみられない。

レム睡眠について

・睡眠中の状態のひとつで、身体は骨格筋が弛緩して休息状態にあるが、脳が活動して覚醒状態にある。ただし眼球だけが急速に運動している。瞼を上げれば、眼球が急速に動いているのが観察できる。逆に、腕などを持ち上げても、離せばすぐにだらりと垂れる。
・このとき脳波は 4 Hz から 7 Hz のシータ破シータ波が優勢で覚醒時と同様の振幅を示す。脳を動かして記憶の固定をしている時間である。
外見的には寝ているのに、脳は覚醒状態にあるため、逆説睡眠(ぎゃくせつすいみん)とも呼ばれる。
・睡眠中の状態では最も脳の覚醒状態に近い(浅い眠りの段階)ため、物音などで起きやすい。
(下記の表参照)
・筋肉の疲労回復のための時間。脳は起きているのに筋肉が休んでいるため、いわゆる「金縛り」にあいやすい。
・脳は働いているので、この時目覚めるとすっきり起きられる。一時間半ごとのサイクルで計算して睡眠時間と起床時間を調整するといいのは、このため。(下記の表参照)


・レム睡眠の存在は、シカゴ大学のユージン・アセリンスキー英語版ナサニエル・クレイトマン英語版の研究によって、1953年に明らかになった。
・ヒトでは新生児期に多く睡眠時間のおよそ半分を占めるが、加齢に従って徐々に減少し、小児期で 20%、大人ではの睡眠時間の約 15% になる。
・夢を見るのはレム睡眠中であることが多いとされている。この期間を経た直後に覚醒した場合、直前の夢の内容を覚えていたり、その記憶による事実錯誤の状態になっていたりすることがあり、問題行動はこのタイプが多い:
(REM-sleep behaviour disorder (RBD):レム睡眠行動障害…レム睡眠中にもかかわらず筋肉が弛緩せず、眠って夢を見ながら行動を起こしている状態。睡眠時随伴症(リンク先参照)の一種。基礎疾患として、脳幹部の脳腫瘍パーキンソン病オリーブ橋小脳萎縮症レヴィー小体病などがある。確固たる原因は分かっていない。)

ノンレム睡眠について
・急速眼球運動を伴わない睡眠のことをノンレム睡眠または徐波睡眠(じょはすいみん)という。ノンレム睡眠は段階1から段階4までの4段階に分けられ、段階4が睡眠の最も深いレベルである。このとき、周波数が 1 Hz から 4 Hz のデルタ波と呼ばれる低周波、高振幅の脳波が高頻度で観測される。
・ノンレム睡眠は一般的には「脳の眠り」と言われる。しかし筋肉の活動は休止せず、体温は少し低くなり、呼吸や脈拍は非常に穏かになってきて血圧も下がる。脳が覚醒していないため記憶されず、この間に夢をみていたかどうかは 確認が難しい。
・いわゆるぐっすり寝ている状態で、多少の物音がしたり、軽くゆさぶられても目が覚めることはない。もしノンレム睡眠の最中に強制的に起こされると、 人体はすぐさま活動を開始することができない。大脳が休止状態から活動を開始するまではしばらくの時間が必要とされ、この状態に起こされてもしばらく次の 行動に自覚的に移ることができない「寝惚け」の状態になる。
・身体を支える筋肉は働いている
・ストレスを消去している
・ホルモンの分泌をしている
・眠りに落ちてすぐに入る状態であるため、居眠りのほとんどがノンレム睡眠である。(下記の表参照) 居眠りしてすぐに夢を見ることは少ないのではないだろうか。


入眠時に交互に現れるレム睡眠とノンレム睡眠
http://www.alongside.me/blog/wp-content/uploads/2006/12/sleep_cycle.jpg睡眠状態のサイクル。
画像元:http://www.alongside.me/blog/wp-content/uploads/2006/12/sleep_cycle.jpg
 
入眠時にまずノンレム睡眠が現れ、約1時間以内に最も深い段階4にまで達し、やがて約1時間から2時間ほどで徐々に浅くなってレム睡眠になる。以後 はノンレム睡眠とレム睡眠が交互に現れ、レム睡眠はほぼ1時間半おきに20 - 30分続く。一晩の平均的な 6 - 8 時間の睡眠では 4 - 5 回のレム睡眠が現れる。
ノンレム睡眠中に観測されるデルタ波には、脳内での記憶形成(記憶の再構成)や脳機能回復の作用があることが知られているが、マウスによる実験でレム睡眠を消失させるとノンレム睡眠中のデルタ波が弱くなることが観測された。アルツハイマー病やうつ病などでは、睡眠中のデルタ波が減少することが知られており、レム睡眠の効果や病気の解明の可能性も期待されている。

2015年12月15日火曜日

News: コーヒーは確かに肝がんリスクを抑える!


今日のMED News。

ポツダムにあるドイツ栄養学研究所Deutschen Instituts für Ernährungsforschung (DIfE)の研究者は、これまですでに知られていたコーヒーの抗がん効果のメカニズムを詳しく研究し、結果を発表しました。
"American Journal of Clinical Nutrition"に掲載された論文によると、日常的に一日600ml以上のコーヒーを摂取する被験者では、摂取量が一日300ml以下の被験者と比べ、肝臓がんにかかるリスクが75%も低いという結果が出ました。
 
この結果は、数多くの他の論文のメタアナライズも含んだものだということです。そのうえで新しく21種類の肝細胞マーカーをそれぞれ調べ、これらの体内での役割とそのメカニズムを解明しようという試みでした。
 研究においては、試験期間中に初めて肝臓がんを患った125人、そして250人の健康人の血液が調べられました。前者の検体は研究発足の2,4から6,8年前に採られたもので、実際の解析までの期間にはマイナス196℃の液体窒素の中で保存されていました。
 
実験を経て、研究者たちはコーヒーの摂取と肝がんの関係性に関する以下の3種類のバイオマーカーを特定。
・炎症発生時に多く放出されるサイトカインの一種、インターロイキン6 (Interleukin-6, IL6)
アスパラギン酸アミノ基転移酵素 Aspartat-Aminotransferase (AST、= Glutamat-Oxalacetet-Transaminase、GOT) ― アスパラギン酸とα-ケトグルタル酸をグルタミン酸とオキサロ酢酸に相互変換する酵素。 主にミトコンドリア内で働く m-AST と細胞質基質で働く s-AST に分類される。
γ-グルタミルトランスフェラーゼ Gamma-Glutamyltransferase ― グルタチオンGlutathion (GSH) などのγ-グルタミルペプチドを加水分解し、他のペプチドやアミノ酸にγ-グルタミル基を転移する酵素。γ-グルタミルトランスペプチターゼとも呼ばれる。 生体内ではそのほとんどが膜結合型酵素として存在し、膜を介したアミノ酸の移動に関与している。

二つ目と三つ目の酵素は、肝細胞や胆嚢の病気(胆石や炎症など)の際に数値が上がり、病気を示唆する重要なマーカーです。
 
記事の中では詳しく書かれていませんでしたが、 これらのバイオマーカーがコーヒー大量摂取者においては低い数値を出した、という解釈でいいでしょう。

「我々のバイオマーカー解析の結果は、大量なコーヒーの消費と肝がんのリスクの減少の因果関係を示唆している。また、この結果は、コーヒーが肝臓を炎症や細胞破壊から守り、がんの発生を防ぐ役割を持っていることをも示している」と研究者は語りました。

実際どのような数値が出ていたのか、被験者の共通点はどこまであるのか、実験のリミテーション、肝臓がん発症者とそうでない者の生活環境の違いなどなど、知りたいことはたくさんありますが、これらは詳しいことは元の論文を読まないと分かりませんね。
 
ですが、この情報が本当ならば、コーヒー大好きな方には朗報なのではないでしょうか。私はあまりコーヒーを飲めないので(ブラックとか無理です…)、残念ながらこのような嬉しい効果は期待できませんが。

2015年12月9日水曜日

オゾンと人体について (未完)

昔やっていたブログからこのブログにお引越しさせた「gremz」(パソコンブラウザ表示にて画面右下参照)。ブログ記事を投稿すると、それが肥料となり水となり、苗を立派な木になるまで育ててくれます。
そうやって大人の木になったら、NGO団体の協力のもと、世界のどこかで実際に植林されるんです。例えば私はこれまで4本の木を大人まで育て、彼らは無事モンゴルに植林されました。
とってもいいアイディアですよね。ブログを書くだけで環境保護を助けることができるなんて!
ブログを再開したことで、またこのような素敵なエコアクションに参加できることが嬉しいです。

さて、そんなgremzのメールマガジンにおいて、毎回ひとつ環境に関するキーワードを当てるクイズがあります。今回の問題はこちら。
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・問題
地球の大気中で、酸素原子3個からなる気体が濃度の高い部分をなんという?

・ヒント
酸素原子3個からなる気体は、高度約10キロ~50キロの大気圏にあり、
20キロ付近が最大濃度となっています。

A.○○○層
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答えは簡単ですね?

ということで、今回は「オゾン」という物質、そしてそれが人体に与える影響についてお話します。

(続く。)

2015年12月6日日曜日

News: シロクマのクヌートの死因が判明



つい先日知った、今年三月のニュースです。


一番最初の記事でご紹介した、あのシロクマのクヌートのお話なので紹介させていただきます。
4年半前に突如として死んでしまった彼の死因はしばらく不明でしたが、詳しい検証を経て、彼がなんとある重い疾患を持っていたことが判明しました。

生まれてすぐ母親に育児放棄され、飼育員のトーマス・デルフライン氏Thomas Dörfleinの献身的な飼育によって立派に成長した彼は、2011年3月19日にてんかんの発作を起こし、池に落ち溺死してしまいました。この死亡時の模様は動画として見ることができます。
あれから、ドイツ神経性疾患専門機関や、ライブニッツ飼育・野生動物専門研究所、シャリテ大学病院などの協力によって、組織学的検査、マイクロアレー次世代シーケンサーなどによる病因の探索が行われ、最終的に抗NMDA受容体抗体脳炎(英Anti-NMDA receptor encephalitis)であったことが報告されたのです。ヒト以外の動物においてのこの疾患の証明は初のことでした。

これは、ヒトでも似たような経緯で発症する自己免疫型脳疾患です。みんな大好きWikipediaさんからの記事を参考に、箇条書きで要点をまとめました。 
  • 脳の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体、NMDA型グルタミン酸受容体自己抗体ができることよる急性型の脳炎。致死的な疾患である一方、治療により高率での回復も見込める疾患である。
  • 卵巣の奇形腫(下記参照)などに関連して発生する腫瘍随伴症候群と考えられているが、腫瘍を随伴しない疾患も多数存在している。 
  • 2007年1月、ペンシルバニア大学のDalmau教授らによって提唱された。疾患として認識されたのはつい最近!
  • ある日から突然、鏡を見て不気味に笑うなどの精神症状を示しだし、その後、数か月にわたり昏睡し、軽快することが自然転機でもあるため、過去に悪魔憑きとされたものがこの疾患であった可能性が指摘されているおり、映画「エクソシスト」の原作モデルになった少年の臨床像は抗NMDA受容体抗体脳炎の症状そのものと指摘されている。また、興奮、幻覚、妄想などいわゆる統合失調症様症状が急速に出現するのが本疾患の特徴であるため、統合失調症との鑑別も重要。
 発生学 Epidemiology/Etiology
  • 未知の病因とされている脳炎の1%程度含まれると推定されている
  • ランセットの100例を検討した記事によると、
    • 100人の患者のうち91が女性。 m<<f
    • 平均年齢は23歳5-76の範囲)。 若年で発症する可能性が高いようだ。
    • 腫瘍学的スクリーニングを受けた98人の患者のうち58人は腫瘍を持っており、主に卵巣奇形腫であった。(下記参照)
  • 577人の患者を評価したより大規模な研究では、
    • 394人の患者 (79%) は24ヵ月で良好な転帰を有することを示した
    • 30人の患者 (6%) が死亡
    • 残りの15%の患者は軽度~重度の障害が残った

奇形腫(きけいしゅ、テラトーマteratoma)とは2杯葉性あるいは3胚葉性成分を有する、すなわち最も高分化な胚細胞性腫瘍
  • 良性の「成熟奇形腫」と、やや悪性傾向を有する「未熟奇形腫」がある。
  • 主として性腺に生ずるが、発生の過程で卵黄嚢から性腺に移動する途中で迷入した胚細胞に由来するものが、体の各部(ほとんどは正中面上)に生ずることがある。
    • ヒトの卵巣に生ずるものはほとんどが良性成熟嚢胞性奇形腫(せいじゅくのうほうせいきけいしゅ)で、外胚葉成分、特に皮膚と皮膚付属器(毛髪、皮脂腺、汗腺)が大部分を占めることから「皮様嚢腫」(ひようのうしゅ、dermoid cyst)とも呼ばれる。
    • ヒトの精巣に生ずる胚細胞性腫瘍はほとんどが悪性で、奇形腫の頻度は低く、奇形腫が生じた場合もしばしば、未熟奇形腫であるか、または高悪性度な他の組織型の胚細胞性腫瘍との混合型腫瘍である。
卵巣奇形腫は内胚葉、中胚葉、外胚葉すべてを含む腫瘍であり、それにより髪の毛や骨などが含まれることが多い。この奇形腫の中に脳組織が含まれた場合、脳組織 に対する抗体が生じ、抗NMDN抗体脳炎が発症するものと考えられる。そのため、治療には奇形腫がある場合はそれが抗体産生の源となっているため、奇形腫 の外科的切除をまず行う。


兆候・症状 Symptoms
患者によって違いがあるが、症状の出方には一定の順序に従う傾向にある。
  1. 前駆症状として、非特異的なウイルス様症状(発熱、頭痛など)。
  2. 精神障害、統合失調症に似た症状(幻覚、自殺念慮)を生じる
  3. 記憶障害、特に前向性健忘。
  4. ジスキネジア(特に口腔顔面)とてんかん発作。
  5. 低いグラスゴー・コマ・スケール (GCS) = 意識障害あり
  6. 低換気 / 呼吸抑制。
  7. 自律神経障害

病態生理 Pathophysiology
脳脊髄液 (CSF) 中の抗体の存在
自己抗体が脳内のNMDA型グルタミン酸受容体を攻撃することにより起こる。病気の正確な病態生理はいまだ議論されているが、脳脊髄液 (CSF) 中に抗NMDA抗体をみとめる。
この理由としては、以下の二つの可能性が考えられる。
  1. 血液脳関門 (BBB) は通常循環系(=血液)から中枢神経系(=脳+脊髄)を分離し、脳に大きな分子が侵入することを防止する。このバリアは神経系の急性炎症により崩壊し、また副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone, ACTH)を放出する肥満細胞(独Mastzellen英mast cells)の急性ストレスではその透過性が亢進することが知られている。→炎症によりBBB外部から抗体が脳内に侵入、後に検出される。
  2. DalmauらはCSF中の抗体濃度が高い一方で、58人の患者のうち53人は、少なくとも部分的にBBBを保存していたことを明らかにした。このことは抗体の髄腔内生産の可能性を示唆している。
NMDA受容体への抗体の結合
抗体はCSFに侵入すると、NMDA受容体のNR1サブユニットに結合する。神経障害がおこるメカニズムとして下記の3つのものが考えられている。
  1. 抗体が結合することによる受容体数の減少。→シグナル伝達が非効率化される。
  2. 薬理作用として直接的な拮抗作用による。→本来結合するはずの物質が効果を発揮できない。
  3. 補体の古典経路により生じた膜侵襲複合体 (MAC) により細胞が融解する。→細胞全体が破壊され、脳神経の数が減少する。
治療と予後 Therapy and Prognosis
腫瘍を外科的に除去することにより自己抗体の供給源を根絶することができるため、患者に腫瘍が発見された場合(腫瘍随伴症候群の場合)は長期予後は一般に良好であり、再発の可能性が低い。また、早期診断、治療は患者の転帰を有意に改善することが近年示されている。大多数の患者が初発症状として精神症状を呈し精神科を受診しているため、すべての医師(特に精神科医)は思春期における急性精神病の原因として抗NMDA受容体脳炎を検討することが重要である。
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ついこの間クヌートの話をしたところで、たまたま読んだ雑誌に彼の話が出てくるとは、なんだか縁を感じます。
動物でも起こりうるこの稀な脳疾患。病気として認められてからまだ10年も経っておらず、正しい診断を下されていない患者さんも多いのではないのでしょうか。多くの場合、しばらく経てば自然に治るものであればなおさらです。それでも急性の炎症で脳にダメージを与えるのは明白ですし、症状が出ている間は精神の病気を疑われることになり、身体的にも心理的にも気持ちのいいものではないでしょう。
上記の理由で見落とされがちでしょうが、幸い、発見できた際には予後は良好。少しでも多くの患者さんが治療されるよう、これからもデータを集めたうえでのスクリーニングや細かい鑑別が重要になってくるのではないでしょうか。

残念ながらクヌートの場合は、早期発見とはいかなかったようですが。ヒトでも稀な病気、シロクマにも起こると知るのは初めてでしたし。それでも、溺死の原因となった発作の前に、何か他の兆候はなかったのでしょうか。もう少し、調べてみる余地はありそうです。

2015年12月5日土曜日

News: テストステロン投与が糖尿病治療の効果を高める

今日のMED News。

アメリカの研究プロジェクトグループ"Diabetes Care"によると、低テストステロン値を持つ男性のⅡ型糖尿病患者に対するテストステロンの投与は、ホルモン治療の側面だけでなく、インシュリンへの感度を高め糖尿病の治療をより効率的にする効果を持つことが分かりました。
(テストステロンについては記事下部参照)

ニューヨーク・バッファロー大学が行ったランダム化試験では、94人のⅡ型糖尿病男性患者が集められました。うち44名において、テストステロン値、そしてインシュリン遺伝子の転写頻度の低さが認められました。これによるインシュリン感度の低さは、血糖値の下がりにくさを顕著にしていました。
実験において、彼らは24週間にわたり、テストステロン注射、もしくはプラシーボの注射で治療されました。その結果、テストステロンを投与された患者においてインシュリン感度の著しい上昇を確認。筋肉などの組織のグルコース(ブドウ糖)吸収度が32%上がりました。また、インシュリン遺伝子の転写もテストステロンにより活性化されたというデータが出ました。

また、この治療法は、体重の変化が起きない場合において、体脂肪率の低下と筋肉質の増加に貢献しました。それぞれ3kgずつ変化したそうです。
ヘモグロビンにグルコースが結合したものであるHbA1c(記事下部参照)の濃度に変化はありませんでしたが、空腹時の血中グルコース濃度が12mg/dlも低下したという結果も出ました。HbA1cに対する影響を知るためには、更に長期の治療が必要であるとのことです。

「これは、テストステロンがインシュリン感度を上昇させることができる、つまり一種の代謝ホルモンであるという初めての確固たる証拠だ」と、論文の第一著者である Paresh Dandona は強調しました。


元記事
Testosteronersatztherapie hilft Diabetikern gleich doppelt 
APA Dez 3, 2015
http://www.univadis.de/medical-news/53/Testosteronersatztherapie-hilft-Diabetikern-gleich-doppelt?utm_source=newsletter+email&utm_medium=email&utm_campaign=medical+updates+-+daily&utm_content=506288&utm_term=automated_daily


テストステロン
 ・アンドロゲンに属するステロイドホルモンで、男性ホルモンの一種。
・ほかのステロイドホルモンと同様、19の炭素からなるアンドロスタンAndrostanが基盤となる。
・前駆体はジェスタジェンGestagen (21C) または DHEA (Dehydroepiandrosteronデヒドロエピアンドロステロン)。
・名前の由来: Testis + Steroid (睾丸+ステロイド。下記参照)

テストステロンの生成
哺乳類のオス
  95% 睾丸 (=精巣。いわゆるゴールデンボール。独Hoden英testicleラテンtestis)
    5% 副腎 (独Nebennniere英adreanal glandラテンGlandula suprarenalis)

睾丸では下垂体ホルモンの一つである黄体生成ホルモンLH (luteinisierende Hormon) の刺激により、ライディッヒ細胞(Leydig-Zwischenzellen)から生成される。  

一日の分泌量は? 血中濃度は一日の中でも変動する。基準値の範囲は2.00-7.60ng/mlくらい。

哺乳類のメス
  卵巣や副腎から男性の5-10%程度量ながら分泌される。

テストステロンの作用 
  ・筋肉増大 (→ドーピング剤)
  ・骨格の発達 (※テストステロンと成長ホルモンのバランスが崩れると背が伸びなくなる。少なくても多すぎてもダメ)
  ・女性の男性ホルモン分泌の分泌量は前述通り男性の5-10%程度で、陰毛の発毛に関与する。


性ホルモンとしての作用
 ①胎生期、妊娠6週目から24週目にかけて大量のテストステロンが分泌される時期があり、これにさらされること(アンドロゲン・シャワーと呼ばれる)によって、脳は女性的特徴(ホルモン分泌の周期性)を失う。これが、ある種の男性特有の攻撃性や気の短さ、怒りっぽさをはじめ、「物事のとらえ方」や「思考パターン」、「決断力」などの、「男らしい考え方」に影響すると考えられている。また、明るい性格や前向きな態度などに表れる「生きる活力」「生気」「気持ちの張り」といった、バイタリティを高める作用があるとも言われている。
 また、これによって奥まった場所に作られていた精巣が陰嚢まで下りてくる。
 ちなみにその後、思春期まで男児のテストステロンレベルは、女性と同じになる。
 なお、陰茎などの男性外生殖器の形成に関係するのは、5αリダクターゼにより代謝されたジヒドロテストステロン(DHT)によるもの。
 ②思春期以降の男性では睾丸からの分泌が顕著に増加し、男性的な身体の特徴が形作られる(二次性徴)。性器の発育、声変わりなどは、すべてテストステロン分泌量の増加に起因するもの。
 テストステロンが異性を惹きつける体臭と言われるフェロモンを発生させて、ドーパミンという興奮作用のある神経伝達物質を増やす。そして、骨盤神経に作用して勃起を起こすなど、男性がセックスを行うために必要な「興奮」「勃起」などのスイッチを次々と立ち上げて行く作用がある。
 ③一般に30歳ごろから減少しはじめ、年1-2%の割合で減少する。テストステロンの減少は男性更年期と 呼ばれるが、女性の更年期ほどには急激にホルモン分泌は変化せず、身体や精神に与える影響も個人差が大きい。ストレスなどで急激な減少を起こすと、男性更年期障害を起こす。テストステロンの減少率は個人差が大きく、70代になっても、30代の平均値に匹敵するテストステロン値を維持している男性も多い。

その他の研究結果報告(要review)
  • 更年期うつ病の治療にテストステロン補充療法として投与する場合がある(ただし、日本では保険適用外)。
  • 筋力トレーニングや不安定な興奮(例えば闘争や浮気など)によってテストステロンの分泌が促される。危険物あるいは危険な行為が更なる分泌を促す。
  • 痛みを鈍らせる効果がある。
  • 心理的には闘争本能や孤独願望(1人でいたい、干渉されたくない欲求)を高める作用をもたらす
  • 前立腺(独Prostata英prostate)疾患に関与しており、前立腺癌や前立腺肥大を抑えるために抗アンドロゲン剤の投与や睾丸摘出(英testectomy)を行うことがある。
  • アメリカの心理学者、ジェイムズ・M・ダブスはテストステロンの量が多いほど暴力的な犯罪を犯していることが分かったと述べている。
  • テストステロン補充療法を受けた中高年男性は、受けてない男性に比べ心臓発作や脳卒中のリスクが高まる。
 テストステロンの代謝
 テストステロンは標的臓器の5αリダクターゼにより、ジヒドロテストステロン(DHT)へと代謝される。アンドロゲン受容体への結合親和性はDHTの方が高いが、テストステロン自体も結合し標的遺伝子の転写を活性化する。
 テストステロン自体には禿げを起こす作用はなく、DHTに代謝されることで初めて薄毛、性欲減退を促す作用が出る。5αリダクターゼの分泌量は遺伝が関係しているため、遺伝的要因による禿げが存在すると言われる。
 5αリダクターゼを阻害し、DHTの生成を抑制するフィナステリドミノキシジルキャピキシルには、男性型脱毛症の進行遅延に効果があるようだ。

テストステロンの作用とはたらき より

http://www.daito-p.co.jp/reference/testosterone_action.htm
 Wikipedia テストステロン より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%B3



HbA1c グリコヘモグロビン
高血糖状態が長期間続くと、血管内の余分なブドウ糖は体内の蛋白と結合します。この際、赤血球の蛋白であるヘモグロビン(Hb)とブドウ糖が結合したものがグリコヘモグロビンです。このグリコヘモグロビンには何種類 かあり、糖尿病と密接な関係を有するものが、HbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)です。
ヘモグロビンは赤血球の中に大量に存在する蛋白質で、身体の隅々まで酸素を運搬し、代謝の産物である二酸化炭素を肺まで運ぶ役割を担っています。赤血球の寿命はおよそ120日(4ヶ月)といわれています。赤血球はこの間ずっと体内を巡り、血管内のブドウ 糖と少しずつ結びつきます。高血糖すなわち余っている糖が多ければ多いほど結びつきが増え、グリコヘモグロビン(HbA1c)も多くなるわけです。
血液中のHbA1c値は、赤血球の寿命の半分くらいにあたる時期の血糖値の平均を反映します。すなわち外来で血液検査をすると、その日から1~2ヶ月前の血糖の状態を推定できることになります。
正常値は、4.3~5.8%で、6.1%以上であればほぼ糖尿病型と判断して良いことになっています。


糖尿病教室 HbA1c より
http://www.furano.ne.jp/utsumi/dm/hba1c.htm
 

2015年12月4日金曜日

News: 体脂肪の多さは痩せにくさと比例する-タンパク質sLR11

今日のMED News。

先日、科学誌のNature Communicationsにて発表されたイギリス・ケンブリッジ大学と日本・東邦大学の共同研究によると、 体脂肪が多い個体において、ある種のタンパク質が、体脂肪の減りを抑える性質を持っていることが分かりました。

(*脂肪組織についての解説は記事下部参照。)


マウスを使った実験にて、sLR11というタンパク質が褐色脂肪の燃焼による体温維持を抑える機能を持つことが判明。そして、sLR11遺伝子ノックアウトマウスでは、脂肪燃焼の抑制がないために、たくさんカロリーを摂取しても太りにくいという結果が出ました。

また、同じノックアウトマウスでは、通常は褐色脂肪細胞にて働くタンパク質を生成する遺伝子が、白色脂肪細胞においても強い働きを見せました。彼らの体は普通のマウスよりもより熱生成が活発で、脂肪分の多い栄養を摂るとエネルギー使用量が高まったということです。

さらなる研究にて、sLR11の詳しい働きが明らかになりました。このタンパク質は脂肪細胞のある受容体に結合し、熱生成を抑えて脂肪分を蓄えるようにシグナルを発します。これにより、体内の糖分や脂肪分がより多く脂肪組織に貯蔵されていくのです。
また、人体において、このsLR11の血中濃度が、脂肪細胞の量と直接比例するということが分かったのです。つまり、脂肪細胞が多ければ多いほど、脂肪燃焼を抑えるタンパク質の量も多い、すなわち痩せにくい…とういことです。
ある患者においてのデータでは、体重の減りに比例して、この燃焼抑止タンパク質も減ったということでした。研究者は、ここから「sLR11は脂肪細胞から生成される」という仮説を立てています。

この結果から分かるのは、人体が貯蓄したエネルギー源をなるべく長く保存するためのメカニズムを持っているということです。これは、大昔の人間の生活において大切な機能だったでしょう。毎日必死に狩りをしてせっかく苦労して得た食べ物が、生命維持には使われず、すぐに熱として無駄に放出されては困ります。

それが、現代のように食の飽和の時代になると、食物の摂取が過剰になりがちです。そうして得た過剰な養分もとりあえず貯めておいて、本当に必要な時だけに使うように大事にしまっておくので、どんどん脂肪分が増えていきます。原始時代では現代と違ってタンパク質の摂取量の方が多く、脂肪分はエネルギー価の高い貴重な栄養源だったので、飢餓状態に陥った際にエネルギー源として使うためのリストでは、一番最後に載っているんです。順番としては、

1. 糖分 (血糖、グリコーゲン。数分~数時間分のエネルギー)
2. タンパク質 (筋肉。一週間)
3. 脂肪 (4~6週間) です。

脂肪組織の分解は、体内からのエネルギー獲得の最終手段なのです。
このことからも、肥満型の人がダイエットをしようとしてもなかなか難しい理由が説明できるでしょう。

研究者たちは、この結果をもとにして、新しい薬の開発に貢献できるのではないかと考えています。sLR11タンパク質を阻害するか、またはそれ同様の効果を示す薬を開発できれば、肥満解消につながるのではないでしょうか。


元記事
Je mehr Fett, desto weniger Chancen abzunehmen
APA Dez 1, 2015
http://www.univadis.de/medical-news/53/Je-mehr-Fett-desto-weniger-Chancen-abzunehmen?utm_source=newsletter+email&utm_medium=email&utm_campaign=medical+updates+-+daily&utm_content=502410&utm_term=automated_daily


脂肪組織について
哺乳類の体脂肪には、白色脂肪褐色脂肪の二種類があります。

白色脂肪は過剰に摂取されたカロリーの貯蔵庫であり、身体のエネルギーが足りないときに分解され利用されます。

褐色脂肪は人体において重要な体温維持・調節に関わっています。

みなさんが寒い場所に出たとき、身体はどういう反応をしますか? 体が震えますよね。これは筋肉を収縮 させて、熱を作り出しているのです。しかし、この現象はいつも起きるわけではありません。では、気温の変化がほんのわずかで筋肉の助けまではいらないという場合、身体はどこでどうやって熱を作り出しているのでしょうか?

答えはこの褐色脂肪組織です。褐色脂肪にはノルアドレナリンに対する受容体があります。このβ3受容体に結合すると、UCP1(脱共役タンパク質、独・英uncoupling protein。サーモゲニンThermogeninとしても知られる)が生成され、ミトコンドリアで脱共役が起こり熱が産生されます。
脱共役とは、ミトコンドリア内でのATP生成のために必要なプロトン勾配を、このUCP1の埋め込みによって緩やかにし、ATP生成に使われるはずだったエネルギーを熱として放出させる現象のことです。これは、動物の冬眠時に良く見られる、運動に伴わない大事な熱産生の手段です。また、筋肉がまだ発達していない乳児においても大切なメカニズムです。そのため、乳児における褐色脂肪の割合は全体の5%と、成人に比べ高くなっています。
体が成長するにつれて減っていく褐色細胞ですが、大人になっても完全になくなるわけではなく、熱生成が必要なときには利用されています。

この二つの脂肪組織の違いを上げると、単一の脂肪滴が含まれている白色脂肪細胞とは対照的に、褐色脂肪細胞は、多数の小さな液滴とはるかに多い数のミトコンドリアが含まれています。 このミトコンドリアが持つシトクロームというタンパク質は、鉄を含むヘムを補因子として含んでいます。この鉄分が褐色の正体です。また、褐色脂肪組織はほとんどの組織よりも多くの酸素を必要とするため、褐色脂肪組織はまた、白色脂肪組織よりも多くの毛細血管が集まっています。

このように、体脂肪には二種類あり、それぞれ重要な役割を担っています。一般的に「太っている」というのは白色脂肪が過剰に貯蓄されている状態のこ とで、その場合は様々な病気のリスクが高まるため、栄養バランスや運動など、生活習慣を見直す必要が出てきます。ですが、どちらのタイプもいっしょくたに して「脂肪は健康に悪い!」とは言えないことを知っておいてください。

 
メモ
・UCP1は褐色脂肪細胞にのみ存在する。
・UCP2は白色脂肪細胞、免疫系細胞、神経細胞などに認めらる。
・UCP3は主に骨格筋、心臓などの筋組織において多く存在する。糖尿病患者の骨格筋においてUCP3タンパクの合成が著明に低下していることから、熱産生あるいは脂肪代謝に関連していると考えられている

・褐色脂肪細胞には骨格筋と同じくmyogenic factor 5 (Myf5)というマーカーが表面に存在し、この二つの組織は同じ幹細胞から分化したと考えられる。同じく中間葉から発達し、褐色と白色に分化した脂肪細胞でも、白色脂肪細胞にはこの特徴がない。

・日本人を含めた黄色人種ではβ3受容体の遺伝子に変異が起こっていることが多く、熱を産生することが少ない反面、カロリーを節約し消費しにくいことから、この変異した遺伝子を節約遺伝子と呼ぶ。
 
2,4-ジニトロフェノールCCCPのような物質も、同じような脱共役の機能を有する有害物質と見なされている。エタノールやサリチル酸もまた脱共役剤の機能を有し、過剰に摂取した場合、体内のATPを消耗し、体の温度を上昇させる。 
→アルコール摂取で体温上昇。
→アスピリンでも? 解熱要素で打ち消される?

2015年12月3日木曜日

News: 騒音地区住民はうつ病になりやすい?

今日のMED News。

大通り沿いの騒音地区に住む住民は、うつ病になりやすいという記事がありました。

ドイツ・ドゥイスブルグ‐エッセン大学の研究にて、45歳から75歳の被験者3300人に対して「環境健康視点」(Environmental Health Perspectives)の研究がドイツの4つの市で行われ、「5年間のうち、騒音地区の住民は、比較的静かな通りに住む住民よりも、うつ病を多く発症した」という結果が発表されました。

この研究によると、 24時間騒音平均レベルが55デシベル以上、または夜間騒音レベルが50デシベル以上の場合に、うつ病発症のリスクが25%上がるそうです。

また同時に、学歴の低い被験者は、比較的学歴が高い被験者よりも騒音に敏感に反応するという結果も出ました。これは、先述の被験者がより多くのストレス要因にさらされており、この多さによってストレスに対処する力が低くなっていることが原因として予想されました。


なかなか興味深い記事ですね。

確かに、一日中騒音を聞かされていると集中力が落ちてしまうし、音が気になってイラついてしまい、家にいるのに落ち着かず、物事を十分に楽しめない状況にな るでしょう。こうしたストレスに常にさらされ、体内のストレスホルモンが常に上昇してしまうと、うつ病になりやすい。(詳しいことは、うつ病のメカニズム についての記事でお話します。最近習ったばかりですが。)
また、こうした状況で思ったことがうまくできないのを自分のせいにしてしまい、本当に何事もやる気が起きなくなってしまううつ状態になるのは、時間の問題ともいえるかもしれません。

学歴との因果関係については、様々なストレス要因のほかにも、学歴が低いことにより収入が低く、よって家賃の安い騒音地区に住まざるを得ない状況になっている人々が被験者になっているのではと思います。
こうなると、教育システム・社会制度の問題と、騒音地区の防音対策の問題など、様々な観点からアタックする必要性が見えてきますね。

まだまだ展開の余地がありそうな研究です。続報にも期待しましょう。


元記事:
Depressionen als Folge von Verkehrslärm
APA Nov 30, 2015
http://www.univadis.de/medical-news/173/Depressionen-als-Folge-von-Verkehrslaerm?utm_source=newsletter+email&utm_medium=email&utm_campaign=medical+updates+-+daily&utm_content=500436&utm_term=automated_daily

2015年12月2日水曜日

「健康」とは何か?

それではこのブログ記事第一弾。
「健康」とは一体何なのか、を考えていきます。

あなたは今、健康ですか?

健康であること。それが一番ですよね。お金があっても、仕事があっても、健康じゃなければ楽しいことも楽しめません。
…この世じゃ健康維持のためにお金がかかるというのは、また別のお話。

では、健康とは何なのでしょうか。

何処も痛くないこと? 五体満足であること? 精神を病んでいないこと?

なんだか道徳の授業みたいな質問ですね。そういえば昔、小学校の授業でそんなことを話し合った記憶があります。

重い持病を持っていても、脚が一本なくても、心が健康なら病気じゃないのか。
五体満足であっても、精神的に追い詰められていたら健康じゃないのか。
普段は元気いっぱいだけれど、今日はたまたま悩み事を抱えてしまって憂鬱になっているときは、どういう状態なのか。これは病気なんだろうか。

こう考えていくと、健康であること、そして病気であることの定義が欲しくなりますね。
世界保健機関・WHOは、憲章の中で「健康」を以下のように定義しています。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.” (WHO Definition of Health)

自分用メモ: ドイツ語訳では"Gesundheit ist der Zustand völligen körperlichen, geistigen, seelischen und sozialen Wohlbefindens."

1948年から変更されていない定義だそうです。

日本語に訳すと、「健康とは、身体的、精神的、そして社会的に完全に良い状態であり、単なる病気や病弱の存在しないことではない」 ということですね。WHO日本のサイトを見ると、もっと大仰な書き方をされています。

ただ、この定義をそのまま適用すると、この世の中の誰も健康ではないような気がしてしまいますね。いつもは元気な人でも、ちょっと風邪を引いたり、うっかり切り傷を作ってしまったり、なんてことは日常茶飯事です。何より、私たちの体の免疫システムが休みなく外からの病原体の攻撃と戦っている限り、誰もが常に「少しだけ病気」な状態にあるわけです。四六時中自己と非自己が入り混じっている状態は、WHOがいう「完全な状態」ではない訳ですからね。
(自己と非自己―免疫学のお話は、また別の記事でしようと思います。)

ここで浮かび上がる疑問が一つ。健康と病気は、果たして二極性のものなのでしょうか。 つまり、人は健康か病気か、どちらかの状態にしかなりえないのでしょうか?
先ほど「少しだけ病気」と書きましたが、みなさんだって挨拶がてらに「元気?」と聞かれて「うん、元気」と答えても、実際は「実は昨晩からちょっと頭が痛い」だったり、「今朝指を切っちゃったけど血は止まったよ」な状態だったりと、「日常的な活動はできる範囲内で体が健康じゃない」場合ってありますよね? これくらいの状態なら、自分を病気ととらえない方も多いでしょう。
また、風邪をひいて高熱を出して寝込んでいるときも、山を越えて「今日は昨日より熱も下がったし、だるさも減ったな」という場合は、病気でありながらも「少しだけ健康に近づいた」と思えるでしょう。

お分かりのように、健康と病気の状態は、単なる二分法(独Dichotom、英dichotomy)で分けられるものではありません。性別を男と女の二つに分けるようにはいかないのです。(…っと、これもここ数年ホットな議論が交わされているテーマですが、これもまた別のお話。)
そうではなく、「健康」と「病気」は、多岐にわたる状態の両極端でしかないのです。(独Poltyom、英polytomy)
そして、今日のあなたの状態は、この二つの間のどこかにあり、「どちら寄りか」で説明するしかないわけですが。うーん、一筋縄じゃ行きませんね。

しかし、両極端ということであれば、どちらかを定義すればもう一方の定義は簡単ですね。
というわけで、より普遍的に通用する「健康」の概念を自分なりに定義しちゃおうと思います。

健康」とは、「身体的にも精神的にも、そして社会的にも、(当面の間)自分が満足できる状態」。

詳しく言うと、自分の身体的、精神的、社会的活動に障壁がない状態ですかね。
(独Gesundheit = das Fehlen von körperlicher und seelischer Störungen.)

健康というと、どうも自分の体と精神のことだけを考えがちですが、この社会で生きていくには社会的な面の健全さと満足度も重要なんですね。個人からの観点でももちろんそうなんですが、もっと言っちゃうと、この社会の一部となって働き、社会に貢献できるかどうかが重要なようで。これは生命・社会保険の観点ですね。


そして、「病気」の状態とは、 「身体的、精神的、社会的な普通値からの乖離」です。または、もっとも単純に言えば、「健康でない状態」。これで定義完了です。あらシンプル。



ふう。普段から使っている言葉なのに、「健康ってどういうこと?」って聞かれるとなかなかぱっと説明しにくいですね。
要するに、身体的にも精神的にも社会的にも、当面の間自分が満足できる状態であれば、健康と言っていいのではないでしょうか。どの面においても完璧な人間などというものは、この世に存在しないのですから。上々の気分で、世界を自分の限度なりに存分に活動し楽しむことができるのなら、それが健康であるということじゃないでしょうか。


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長くなってしまいましたが、この辺で健康議論を終わります。正直自分でも何かいてるのかぐちゃぐちゃになってる気がするので、また加筆修正するかもしれません。
ご意見ありましたら何なりとどうぞ。


参考資料
WHO Definition of Health
日本保健機構 健康
Medizinische Pszchologie/Medizinische Soziologie - Erich Kasten, Bernhard A. Sabel 17. Auflage

2015年12月1日火曜日

まったりのんびり医学の世界。始まるよ。

こんにちは。Knuttunkです。

読みを書き起こすと「くぬーととぅんく」ってなりますが、そのまま読むと長いので略してクヌートで。
なんでこんな長ったらしい名前かというと、ハンネを考えた10年前に、シロクマのクヌートっていうのがいたんですよ。丁度話題に上ってたし、かわいいのでお名前頂戴しました。男の子の名前とも知らずに。
そのままだとまんますぎるので、スペルを反対にしたものもくっつけた、というわけでした。
長い自己紹介でした。いや、名前紹介か。


さて、なんとなく思い立って、このブログサイトを始めることにしました。

医学を勉強していると、いろいろなテーマが混ざり合って入り組み合って、どこがどう繋がっているのか分からなくなる時があります。 こんがらがったままだと意味がない。ということで、自分の勉強用メモ張をWeb上に作ることにいたしました。
基本自分の勉強用ですが、 わかりやすい解説を目標にぼちぼち続けていきたいと思います。
勉強した内容だけでなく、医療ニュースなんかも取り上げられたらなと。


注意点。
・一度作った記事にどんどん情報を追加していく形になる予定。
・口調(?)が一貫しないかもです。その時の気分で。記事の長さや情報量も常に変化します。そしていつか追加されます。
・日本語とドイツ語と英語とラテン語が混じると思います。自分用だからね。 どんどん追加されちゃうよ。
・情報が間違っている場合はどしどしコメントください。直していきます。

とりあえずこんなものかな。まったり始めていきますよ。
このブログが少しでも勉強の助けになれば嬉しいです。特に私自身の。

それではごゆっくりどうぞ~。