2015年12月6日日曜日

News: シロクマのクヌートの死因が判明



つい先日知った、今年三月のニュースです。


一番最初の記事でご紹介した、あのシロクマのクヌートのお話なので紹介させていただきます。
4年半前に突如として死んでしまった彼の死因はしばらく不明でしたが、詳しい検証を経て、彼がなんとある重い疾患を持っていたことが判明しました。

生まれてすぐ母親に育児放棄され、飼育員のトーマス・デルフライン氏Thomas Dörfleinの献身的な飼育によって立派に成長した彼は、2011年3月19日にてんかんの発作を起こし、池に落ち溺死してしまいました。この死亡時の模様は動画として見ることができます。
あれから、ドイツ神経性疾患専門機関や、ライブニッツ飼育・野生動物専門研究所、シャリテ大学病院などの協力によって、組織学的検査、マイクロアレー次世代シーケンサーなどによる病因の探索が行われ、最終的に抗NMDA受容体抗体脳炎(英Anti-NMDA receptor encephalitis)であったことが報告されたのです。ヒト以外の動物においてのこの疾患の証明は初のことでした。

これは、ヒトでも似たような経緯で発症する自己免疫型脳疾患です。みんな大好きWikipediaさんからの記事を参考に、箇条書きで要点をまとめました。 
  • 脳の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体、NMDA型グルタミン酸受容体自己抗体ができることよる急性型の脳炎。致死的な疾患である一方、治療により高率での回復も見込める疾患である。
  • 卵巣の奇形腫(下記参照)などに関連して発生する腫瘍随伴症候群と考えられているが、腫瘍を随伴しない疾患も多数存在している。 
  • 2007年1月、ペンシルバニア大学のDalmau教授らによって提唱された。疾患として認識されたのはつい最近!
  • ある日から突然、鏡を見て不気味に笑うなどの精神症状を示しだし、その後、数か月にわたり昏睡し、軽快することが自然転機でもあるため、過去に悪魔憑きとされたものがこの疾患であった可能性が指摘されているおり、映画「エクソシスト」の原作モデルになった少年の臨床像は抗NMDA受容体抗体脳炎の症状そのものと指摘されている。また、興奮、幻覚、妄想などいわゆる統合失調症様症状が急速に出現するのが本疾患の特徴であるため、統合失調症との鑑別も重要。
 発生学 Epidemiology/Etiology
  • 未知の病因とされている脳炎の1%程度含まれると推定されている
  • ランセットの100例を検討した記事によると、
    • 100人の患者のうち91が女性。 m<<f
    • 平均年齢は23歳5-76の範囲)。 若年で発症する可能性が高いようだ。
    • 腫瘍学的スクリーニングを受けた98人の患者のうち58人は腫瘍を持っており、主に卵巣奇形腫であった。(下記参照)
  • 577人の患者を評価したより大規模な研究では、
    • 394人の患者 (79%) は24ヵ月で良好な転帰を有することを示した
    • 30人の患者 (6%) が死亡
    • 残りの15%の患者は軽度~重度の障害が残った

奇形腫(きけいしゅ、テラトーマteratoma)とは2杯葉性あるいは3胚葉性成分を有する、すなわち最も高分化な胚細胞性腫瘍
  • 良性の「成熟奇形腫」と、やや悪性傾向を有する「未熟奇形腫」がある。
  • 主として性腺に生ずるが、発生の過程で卵黄嚢から性腺に移動する途中で迷入した胚細胞に由来するものが、体の各部(ほとんどは正中面上)に生ずることがある。
    • ヒトの卵巣に生ずるものはほとんどが良性成熟嚢胞性奇形腫(せいじゅくのうほうせいきけいしゅ)で、外胚葉成分、特に皮膚と皮膚付属器(毛髪、皮脂腺、汗腺)が大部分を占めることから「皮様嚢腫」(ひようのうしゅ、dermoid cyst)とも呼ばれる。
    • ヒトの精巣に生ずる胚細胞性腫瘍はほとんどが悪性で、奇形腫の頻度は低く、奇形腫が生じた場合もしばしば、未熟奇形腫であるか、または高悪性度な他の組織型の胚細胞性腫瘍との混合型腫瘍である。
卵巣奇形腫は内胚葉、中胚葉、外胚葉すべてを含む腫瘍であり、それにより髪の毛や骨などが含まれることが多い。この奇形腫の中に脳組織が含まれた場合、脳組織 に対する抗体が生じ、抗NMDN抗体脳炎が発症するものと考えられる。そのため、治療には奇形腫がある場合はそれが抗体産生の源となっているため、奇形腫 の外科的切除をまず行う。


兆候・症状 Symptoms
患者によって違いがあるが、症状の出方には一定の順序に従う傾向にある。
  1. 前駆症状として、非特異的なウイルス様症状(発熱、頭痛など)。
  2. 精神障害、統合失調症に似た症状(幻覚、自殺念慮)を生じる
  3. 記憶障害、特に前向性健忘。
  4. ジスキネジア(特に口腔顔面)とてんかん発作。
  5. 低いグラスゴー・コマ・スケール (GCS) = 意識障害あり
  6. 低換気 / 呼吸抑制。
  7. 自律神経障害

病態生理 Pathophysiology
脳脊髄液 (CSF) 中の抗体の存在
自己抗体が脳内のNMDA型グルタミン酸受容体を攻撃することにより起こる。病気の正確な病態生理はいまだ議論されているが、脳脊髄液 (CSF) 中に抗NMDA抗体をみとめる。
この理由としては、以下の二つの可能性が考えられる。
  1. 血液脳関門 (BBB) は通常循環系(=血液)から中枢神経系(=脳+脊髄)を分離し、脳に大きな分子が侵入することを防止する。このバリアは神経系の急性炎症により崩壊し、また副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone, ACTH)を放出する肥満細胞(独Mastzellen英mast cells)の急性ストレスではその透過性が亢進することが知られている。→炎症によりBBB外部から抗体が脳内に侵入、後に検出される。
  2. DalmauらはCSF中の抗体濃度が高い一方で、58人の患者のうち53人は、少なくとも部分的にBBBを保存していたことを明らかにした。このことは抗体の髄腔内生産の可能性を示唆している。
NMDA受容体への抗体の結合
抗体はCSFに侵入すると、NMDA受容体のNR1サブユニットに結合する。神経障害がおこるメカニズムとして下記の3つのものが考えられている。
  1. 抗体が結合することによる受容体数の減少。→シグナル伝達が非効率化される。
  2. 薬理作用として直接的な拮抗作用による。→本来結合するはずの物質が効果を発揮できない。
  3. 補体の古典経路により生じた膜侵襲複合体 (MAC) により細胞が融解する。→細胞全体が破壊され、脳神経の数が減少する。
治療と予後 Therapy and Prognosis
腫瘍を外科的に除去することにより自己抗体の供給源を根絶することができるため、患者に腫瘍が発見された場合(腫瘍随伴症候群の場合)は長期予後は一般に良好であり、再発の可能性が低い。また、早期診断、治療は患者の転帰を有意に改善することが近年示されている。大多数の患者が初発症状として精神症状を呈し精神科を受診しているため、すべての医師(特に精神科医)は思春期における急性精神病の原因として抗NMDA受容体脳炎を検討することが重要である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついこの間クヌートの話をしたところで、たまたま読んだ雑誌に彼の話が出てくるとは、なんだか縁を感じます。
動物でも起こりうるこの稀な脳疾患。病気として認められてからまだ10年も経っておらず、正しい診断を下されていない患者さんも多いのではないのでしょうか。多くの場合、しばらく経てば自然に治るものであればなおさらです。それでも急性の炎症で脳にダメージを与えるのは明白ですし、症状が出ている間は精神の病気を疑われることになり、身体的にも心理的にも気持ちのいいものではないでしょう。
上記の理由で見落とされがちでしょうが、幸い、発見できた際には予後は良好。少しでも多くの患者さんが治療されるよう、これからもデータを集めたうえでのスクリーニングや細かい鑑別が重要になってくるのではないでしょうか。

残念ながらクヌートの場合は、早期発見とはいかなかったようですが。ヒトでも稀な病気、シロクマにも起こると知るのは初めてでしたし。それでも、溺死の原因となった発作の前に、何か他の兆候はなかったのでしょうか。もう少し、調べてみる余地はありそうです。

0 件のコメント:

コメントを投稿